きっと、また何度でも

2/22
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
青天の霹靂。 俺のジャケットを、父親の服を着た子供みたいにダボダボに羽織って、つい数秒前まで能天気にはしゃいでいた、彼女が。 今、目の前で。 いや、焦点も合わないくらいの至近距離で。 俺の唇に自分の唇を押し当てている。 目の端に映るのは、俺の一張羅に吸い込まれてゆく、焦げ茶色の液体。 プルタブを開けた缶コーヒーを両手に持ったまま俺は、 俺の首にぶら下がるようにしがみつく彼女の細い指と、 彼女のぎこちない唇を、ただ、感じていた。 俺から離れた彼女は赤らんだ顔で、怒ったような切ないような、見たこともない目をして俺を睨んだ。 見たこともない。 ……いや、どこかで見たことがあるような気もした。 言葉も出せずに、ただ唖然と返した俺の視線の先で彼女は、 染みが徐々に広がってゆく俺の一張羅を着たまま、 「帰る」 呟くようにそう言って、俺のアパートを飛び出した。 「あ……おい!」 ようやく我に返った俺は、彼女を追いかけてアパートを後にした。 もう日暮れが近い。一人でなんて、危なくて帰せない。 ムスッとした彼女を無理矢理自転車の後ろに乗せて、彼女の家までの道を走る。 いつもなら俺の腰に抱きつき、きゃいきゃいと突拍子もない言葉を発する彼女は、今日は貝のように黙り込んでいた。 だから余計にそう感じたのだろうか。 背中に遠慮がちに触れる彼女の体温を、初めて『暖かい』と思っていた。 冷たい風を切りながら俺は、 この暖かさを手放したくないと、初めて思っていた。 これが俺達の、始まり。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!