きっと、また何度でも

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半年前、俺は大した予備知識もないまま、震災後1年を迎えたこの町に、2年期限の応援職員として派遣されて来た。 いや、郷里から逃げて来た、と言ったほうが正しいかもしれない。 技術畑の俺は、復興のためのハード部門に携わるのだろうと思っていたが、配属されたのは、戸籍や住民票を扱う部署。 慣れない窓口業務とこの土地の言葉に、四苦八苦する日々が続いた。 震災直後の悲惨さは薄らいでいた。 でも被災の爪痕は深く残り、 いや1年経って緊急体制が解かれたからこそ、深刻な問題が顕在化していた。 『復興』にはまだ程遠い段階なのだと、俺は思い知った。 普段なら、ただ淡々とこなす仕事であろう住民票の発行でさえ、 仮設住宅と本来の自宅との兼ね合い、他地への転居に悩む住民……。 一枚一枚の住民票が、重かった。 住民票や戸籍から、一家族一家族の悩み苦しみが、聞こえて来るようだった。 俺は、安易にここへ来たことを恥じた。 アパートの大家である彼女の両親は、そんな俺を気遣い、頻繁に晩飯に招いてくれた。 大家とは言っても、不動産業を営むこの夫婦の事務所で借りた俺のアパートが、たまたまこの事務所の直営物件だったに過ぎないが。 『住む』ことさえままならないこの町で、住民の望む定住の形を模索し、困難さを口にしながらも決して悲観的にならない、剛毅で明るい夫婦。 東京からの移住者で綺麗な標準語を話し、親父さんは俺の郷里への赴任経験もある。 俺はこの人達が好きだった。 この家族は、俺にとっての通訳であり、仕事を忘れて寛ぎ笑える場所を与えてくれた。 一人娘の彼女は、東京での就職内定先を震災の余波で取り消され、両親の事務所を手伝っていた。 27の俺から見ても、じきに成人を迎えるとは思えない幼い顔立ち。 口を開けば、本気か冗談か解らないような話を真顔でしゃべり、反応できずにいる俺を煙に巻いて、楽しそうに笑う。 頭の回転はいいが、何を考えているのか皆目見当がつかない、宇宙人みたいな子。 それが彼女に対する俺の第一印象だった。 なのに不思議に鬱陶しさはなく、彼女の突飛な言動ひとつひとつが、逆に楽しかった。 定時に帰れることの多い窓口業務だった半年間は、 仕事帰りの彼女が、しばしばお袋さん手作りの惣菜を手土産に、俺のアパートに立ち寄った。 彼女と何の変哲もない会話を交わすひとときを、俺は待ち遠しくさえ思っていた。
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