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3、
抱き込めばいいじゃないの―――という、由佳里の言葉に背中を押されて、武智は再び『camellia』を訪れていた。
あの一夜を共にした日から、ここに来るのは2週間ぶりだ。結局、椿山ヒカルから音沙汰はなく、武智から会いに来たのだが―――。
―――なんだ、いないのか。
肝心のヒカルはおらず、見知らぬ男がシェイカーを振っていた。
「ウォッカ・アイスバーグです。」
「ありがとう。」
見知らぬ男が作ったカクテルを受け取り、武智はぼんやりとグラスに口を付けた。
由佳里には、社長の愛人が男だという事だけ伏せて、他は正直に話した。
何かを知っている可能性は薄いだろうが、手札は多いに越したことはない。使えるかもしれないならキープするべきじゃないのか―――と言うのが、由佳里の考えだ。
ただ、ヒカル本人を知っているからか、由佳里のように自信が持てない。やはり今からでも引くべきではないのかと何度も思ってしまう。
手遅れになる前に。
―――どっちにしろいないのだから、今日は帰って寝るか。
グラスをさっさと飲み干して、武智は席を立った。
ヒカルの事ばかりウダウダと考えていても仕方ない。
頭を切り換えなければ。
店を出て暗めの階段に足をかけると、ちょうど階上でドアが開く音がした。
店の客が来たのだろう。
「あ、村上さん?」
頭上から落ちてきた艶めかしい声に、ぶわっと肌が粟立った。その声に、目が覚めたような気分に陥る。
「―――ヒ、カルさん。」
喉に言葉が引っ掛かる。
息苦しい。
ヒカルを前にすると、いつも息苦しくなる気がする。掠れた名を呼びながら、武智は何かを諦めて顔を上げた。
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