220人が本棚に入れています
本棚に追加
2、
社長の愛人は美しい人だった。
恐らく武智より3、4歳下で、身長は170くらいの普通の背丈。服で隠れている体は華奢だが、中身はきっと鍛えているに違いない。
―――男なのにな。
決して女に見える訳ではないのに、容姿といい、色気といい、間違いなく美人だった。男に全く興味がないはずの武智が、むしゃぶり付きたいほどに。
武智の不躾な視線に気付いたのか、椿山ヒカルが首を傾げると、真っ白な首筋が露になった。
―――あそこに、唇を這わせたら、
ヒカルの動作のひとつひとつに、まるで誘惑されているかの様な錯覚を起こしてしまう。
そんな訳はない。
もう酔ったのか。
目眩を覚えて、武智は意図的に瞬きをした。
「村上さん、お酒どうされます?」
「―――あ、いえ、大丈夫です。少し酔ってしまった様なので。」
ヒカルへ断りを入れると、カカカ―――と、山形笑いながら、武智の肩を小突く。
「何だ、村上、酔ったのか。社長が帰って気が抜けたんだろう。」
「そうかもしれません。」
小突かれて痛んだ肩を押さえて、武智は苦笑いを返した。
さっきまで社長がおり、3人で飲んでいたのだ。仕事の話は特になく、武智を店に連れて来たかったというのだから、まあまあ気に入られてはいるのだろう。
だが、懐に入り込むにはまだ足りない。
―――だからと言って、この人は危険だ。
ヒカルがカウンターの反対側から、武智の前にグラスを置く。その細く白い指を視線が吸いつけられて、また武智は瞬いた。
「じゃあ、村上さんにはノンアルコールで作りますよ。甘くないのを。」
「はい、それで。」
こんな毒性の強い人を相手にしようなど、武智はそこまで無謀ではない。
社長の愛人は他にもたくさんいるのだから、ヒカルに関わるのは避けた方がいいだろう。
最初のコメントを投稿しよう!