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3、
ヒカルには極力関わらない。
その筈が、4日後には『camellia』のカウンター席に武智は座っていた。目の前では、社長から頼まれて運んできた封筒の中身を、ヒカルが確認している所だ。
事務的な作業なのに、何故かヒカルから溢れんばかりの色気を放出している。
毒でしかない。
ならば、近くに座るなという話だが、残念ながら小さな店でカウンター席しかなく、逃げ場はどこにも無かった。しかも、店内には他の客はおらず二人きり。
早く出なければ―――と、武智はグラスを傾けて、半分ほど一気に喉へ流し込んだ。アルコールで喉と胃が熱くなる。
「村上さんはいつから、社長さんの会社に?」
「先月からです。」
「へえ、先月。なのにもう気に入られて、優秀なのでしょうね。」
「―――そんな事は。」
「社長さんは優秀な方しか、傍に置きませんよ。」
武智が自信のなさを感じたのか、ヒカルが慰めるように微笑む。その表情はひどく大人びていて、武智より年上のようにも見えた。
「珍しいんですよ。わたしのところに部下を一人で来させるなんて。あまり他人を信用しない方ですから。」
「そうであれば、嬉しいですね。」
今日のヒカルへのお使いが、武智を信用しているという現れであるなら、後ろめたさを感じる必要はない。今は社長の信用を得るのが最優先事項だ。これもまた必要な事だ、と割り切る事ができる。
気持ちが軽くなり武智が息をつくと、ヒカルがカウンターの中から身を乗り出してきた。急に縮まった距離に、武智は思わず顎をひく。
「ね、村上さん、ボクと仲良くしてくれません?」
「―――は?」
ヒカルの発した言葉の意味が飲み込めずに固まる。
「ボクの周りにいる人たち、皆さん、随分と年上の方ばかりで。村上さんとは比較的、歳も近いですし。」
「嬉しいのですが、社長が、」
「社長さんは大丈夫ですよ。」
武智が断りの返事をしようとすると、ヒカルが言葉を被せてくる。
「そう判断したから、今日、村上さんに頼んだんですよ。急ぐような用事でもないのに。それとも、ボクとはイヤですか?」
イヤです―――と、武智が言えるばずない。
社長を理由に断るつもりが、それを潰され武智には選択肢がなくなった。会話の流れは意図的だろう。
―――余計、近づきなくないんだが。
悪い予感を抱きながらも、武智には了承する意外の道はなかった。
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