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2、
―――来てしまった、が。
山形のパソコンを弄っていると、会社の電話に直接ヒカルから連絡が入った。
仕事が終わったら店に来てください―――とだけ一方的に言われ、武智に断る隙を与えず電話は切れた。
こちらから電話をかけ直し、仕事を理由にすれば断る事もできたはずなのに、それをせず武智は店の前に来ていた。
あの声がいけない。
男にしては少し高めの声が耳の奥に何度もリフレインして、まるで催眠術にかかっているかのようなのだ。
しかし、今、外から見る店の照明はついておらず、もう閉店したのだろうと思われた。
「―――終わったのか。」
ガッカリする気持ちが無いでもないが、ヒカルに近寄らずに済んでホッとした。
矛盾している。
武智がドアに手を掛けたのは無意識だった。
カチャ―――と、僅かな音を立てて閉まっている筈のドアが開き、ギクリとなる。
開けるか開けまいか一瞬迷った。
鍵の掛け忘れならば物騒だろう―――と、言い訳のように思い、武智はゆっくりとドアを開けた。
「すみません、誰かいらっ―――、」
カウンター席に誰かが顔を伏せて倒れている。誰かと言っても、ヒカルの他にいないだろう。
「ヒカルさん?」
武智が声をかけても、ヒカルはピクリとも動かない。死体のようだ。
「ヒカルさん、どうしました?」
再び声をかけながら近寄り、細い肩を揺すると、うぅっ―――と、ヒカルが呻き声を上げた。
まずは頭が動いて、カウンターに寄りかかっていた体を起こしながら、頭痛がするのか頭を押さえる。
そして、やっと武智の存在に気付き、ヒカルが顔を上げた。
「あ―――、村上さんだ。」
へにゃり―――と、ヒカルが笑う。その表情に、いつもの硬質さはない。
そんな顔で笑うな。
胸を掴まれたような錯覚を起こし、武智は息苦しさにネクタイへ指を掛けた。
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