220人が本棚に入れています
本棚に追加
Chapter 20
1、
『キハラホーム』の近くにある居酒屋で、送別会が行われていた。村上武智の送別会だ。
ここでの契約期間を終了し、地元へ帰って税理士として独立する―――という話になっている。
「おまえ、水臭いんじゃあ。村上~。」
部長の山形が不貞腐れたように言うと、空いた自分のグラスに焼酎を注ぐ。もう1時間くらいは武智の隣に陣取りこんな調子である。
「山形部長、酔ってますよね。ウーロン茶にした方が良くないですか?」
「酔ってるわけあるか。」
山形は焼酎の入ったグラスを守るように持つと、半分しか開いてない目で武智を睨んでくる。
まさに泥酔だ。
最初からハイペースで飲み続け、焼酎のビンはすでに底をついてきている。これだけ飲んで酔っ払わない方がおかしい。
「若いのに、エライなぁ、村上。親御さんの世話、大変だろうがな、頑張れよ。おまえ、こっちに、来た、時は、れ―――」
最後は聞き取れない言葉を発しながら、山形はテーブルに顔を伏せた。
「部長?寝るんですか?タクシー呼びます?」
武智の呼び掛けに、むにゃむにゃと山形が返す。
クスクス―――と、笑う声が聞こえて顔を向けると、斜め前に総務課の堀川が座っていた。いつの間に移動してきていたのか。
「部長、村上さんが退社されるのが、よほど寂しいみたいですね。」
「有りがたいですね。部長には良くしてもらいました。あの笑い声が聞けなくなると思うと、少し寂しいです。」
カカカ―――という、アニメのキャラクターのような山形の笑い声も聞き納めだ。
「私も、寂しいです。」
武智がしんみりと山形の頭を眺めていると、堀川がポツリと呟いた。まさか、そういった事を言われるとは思わず驚く。
「村上さん、頑張らせてもくれませんでしたね。結構、本気だったんですよ。あっさり誤魔化されてショックでした。」
「―――すみません。」
謝るのもどうかと思ったが、それしか言葉を返せず、武智は頭を下げた。
「えへへ、ちょっと意地悪しちゃいました。」
泣きそうな目をして堀川が笑う。
可愛い女だな―――と、今さらながら思った。
「村上さん、好きでした。お元気で。」
堀川が右手を差し出す。
「ありがとうございます。堀川さんも、お元気で。」
差し出された堀川の小さな手を握り返して、武智は感謝を告げた。
最初のコメントを投稿しよう!