220人が本棚に入れています
本棚に追加
Chapter 21
1、
『村上武智』が消えた。
それは、もう呆気なく。
元の住居に戻れば、潜入期間の事は一気に現実味を失い、全てが幻だったかのような錯覚に陥った。―――かのようだったが、そう簡単に忘れられる事ではなかったようだ。
ふとした時にありありと甦り、ひとりで抱えるには堪えがたいほどの苦痛をもたらした。
こうして、3日間のオフをもがいて過ごし、今日からが刑事としての復帰初日となるのだが―――。
東城克成がエレベーター前にぼんやり立っていると、後ろからハスキーな女性のの声が自分の名を呼んだ。
「東城、おはよう。」
克成がゆっくり振り返ると、由佳里改め、赤石夏海がいた。
ほぼノーメイクでショートカット、黒のパンツスーツといった姿だ。いつも通りの女性らしさの破片もない。『由佳里』の時とは全然違う赤石に、何故かホッとなる。
「おはようございます、赤石さん。」
「髮、切ったのね。それにしては、冴えない顔。」
赤石から指摘されて、克成は反射的に短くなった髮を撫でた。
ザリッ―――と、短い髪の毛が指に当たる。この触り心地はあまり好きではない。
「無事に任務終了したんだから、もっと喜びなさいよ。」
「はぁ。」
「あ~あ、重症ね。」
最初のコメントを投稿しよう!