220人が本棚に入れています
本棚に追加
3、
これまで恋愛にしても、人間関係にしても、まあまあ上手く割り切って生きてきたので、克成は自分を切り替えの早い性格だと思っていた。大抵の事は飲み込めるし、何かひとつを思い悩み続けた経験はない。
しかし、今―――。
ヒカルの存在が海底に根を生やした珊瑚のように、克成の胸の奥に鮮やかに居座っている。
意外と女々しい性格だったらしい。
このような状態でまともに潜入捜査ができるとも思えず、まだ時間が欲しいのが本音だ。克成に拒否権があるならばの話だが。
コンコン―――と、総監室のドアをノックをした。
ここに来たのは、公安に配属になった時以来だから、1年半以上前の事になる。
その際には赤石もいたから、1人で対面するのは今回が始めてだ。
―――どんな方なのだろうか。
庁内職員の間で、総監である藤森の評判は概ね高い。
46歳の若さでその地位にいるエリートの中のエリート。政治家などとの癒着や警察内部の不正を嫌い、正義感溢れる人物。厳しい面ももちろんあるが、声を上げるような事はなく、落ち着いた対応をする人である。
そう、噂されている。
どうぞ―――という、落ち着いた声が向こうから聞こえ、克成はドアノブを回した。
「失礼しま―――、」
声をかけながら室内に入った所で、克成は目を見開いた。片足を前に出した不自然な格好のままで固まる。
最初のコメントを投稿しよう!