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夏が早く来れば良いのに。
なんて誰かが言ったから、私達の世界は海と空がひっくり返ってしまった。
それはつまりどういうことかと言うと、本来海がある位置に空が浮き上がっており、本来空が浮き上がる位置に海が揺れているのだ。ちなみに、山や地面なども海にくっついてひっくり返っている。こちらに落ちてこないのが不思議なくらいだ。
ところで、私達人類はどうしているのかというと、これまた不思議なことに、空の上に浮き上がっているのだ。人の体が風船みたいに軽いのか、はたまた宇宙で起こりうる無重力状態がこの空に起こっているのか、私にもさっぱり分からない。
けれど、一つ確かなことがある。
夏が早く来れば良いのに。
そんなことを言ったのは……。
「お前だろ、光莉(ひかり)」
私が尋ねると、目の前にいる幼い少女はにっこりと笑った。
光莉は、俺の幼馴染だ。とは言っても、今私は四十を過ぎたおじさんだ。
それがどうしてこんな幼い少女と幼馴染なのか。
彼女は亡くなったのだ、あの、広く深い海の中で。
彼女が、私抜きの友達と海に来た時だ。泳ぎの上手かった彼女は、一人で遠くまで泳いで行ってしまったのだ。だが、途中で足をつってしまった彼女は、誰に気付かれることも無く、広く深い海の底へと誘われてしまった。
私抜きと言ったが、私は決して仲間外れをくらったわけではない。私はその日、体調を崩して海へ行くことを断念してしまったのだ。
彼女同様、泳ぎが上手かったのは、あのメンバーでは私くらいだった。
だから、私がいれば、彼女は助かっていたかもしれない。いや、確実に助かっていた。
実際、私をそのように責めた友達もいたし、私自身も今まで悔やんでいた。
だが、それからもう三十年も経った今、何故彼女は私の目の前に現れたのだろう。
「会いたかったんだよ、正太郎(しょうたろう)!」
「私も会いたかったよ、光莉。けれど、この世界は……」
私は天を仰ぐ。足元の空の向こうにある太陽が、空の水面に反射して綺麗だ。
「私、海で溺れちゃったの。だから、世界をひっくり返して、海から降りて来たんだよ!」
成程、分からん。
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