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第一、世界がひっくり返っただけで彼女が落ちてくるなら、この世の魚貝類達は下に、そして私達は海に沈むのでは? それとも、そこらへんは、ファンタジーと言う言葉で丸め込むのか?
「私、難しいことは分からない」
そうだよな、彼女はまだ十歳だものな。それじゃあ、この謎は今度仏様になった後で神様にでも聞いてみるとしよう。
「でも、何で私なんだ? 光莉達が海に行った日、私はいなかったはずだろう?」
「私ね、ずっと言いたくて、でも言えないことがあったんだ」
「何だって急に」
「だって急に死んじゃったんだもん。あのね……」
彼女は胸に手を当て、深呼吸。その後、口を大きく開いて言った。
「正太郎、大好きだよ!!」
「……ごめん、妻ともう子供もいるんだ」
「うん、知ってる。でも言いたかったの」
えへへと彼女は笑った。あの頃と変わらない無垢な笑顔で。この笑顔が、私は大好きだった。
「……ねぇ、お仕事辛くない?」
「そうだな。最近上手くいってないな」
「奥さんとは上手くいってる?」
「妻とは最近会話が少ないな。でも、それ以上に娘との会話の方が少ないな」
「……辛く、ない?」
私の表情を伺いながら、彼女は尋ねた。確かに、辛いと言えば辛いことなのかもしれない。今までこれが当たり前だと思って過ごしてきたが、よくよく考えれば、もっと自分の為に生きても良いのかもしれない。例えば、あの天で揺らめく海で思いっきり泳いでみたり。
「ねぇ、あの海で泳いでみたくない? 行こっ?」
にっこり笑って、彼女は両手を伸ばした。青い白く、細い手を。
確かに、あの海は今まで見る中で一番美しく、魅力的だ。思わず、彼女の手へ向かって指先を伸ばす。
が、途中で自分の手首を握り、首を振った。
「どうして?」
彼女は寂しそうに尋ねる。
「妻とも娘とも会話は少ないが、黙ってても伝わって来るんだ。俺を頼りにしてる。もしかしたら俺の思い過ごしかもしれない。けれど、それでも良いんだ」
「どうして、良いって言えるの?」
「信じてるんだ」
「私のことは、信じられる?」
不安げに尋ねる彼女、この問いに私はニコッと笑って断言した。
「信じられないよ、一方的にあの世に連れて行こうとする女の子なんて」
そもそも、私がどうして彼女と同様に空に浮いているのか。不思議でならなかったんだ。
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