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けれど、彼女が手を伸ばした瞬間気付いた。私は生死をさ迷っていると言うことに。
私が海とばかり思っていたあの水面は、いわゆる三途の川だったのだろう。
私に断言されると、彼女はしゅんと凹んだ。
「ごめんね。でも、信じられなかったんだ。ずっと寒い海に独りぼっちで、初めのうちは花を届けに来てくれた友達も、年々来なくなっちゃった。正太郎を、除いて」
「そうか。まぁ仕方ないな。みんな、自分自身で精一杯なんだろう」
「うん、分かってる。でも……ずっと一人で寂しかったんだよ?」
すがるように彼女は私を見たが、やがて目をゆっくりと逸らして、首を振った。
「私間違ってた、ずっと来てくれてる友達を、同じ世界に連れて行こうなんて」
「ま、いずれ爺さんになったら私もこっちに来るさ。……いいや、その時は、この海から連れ去ってやるよ」
「うん、待ってる!」
涙を拭いながら、彼女は満面の笑みで答えた。
・ ・ ・
「……ねぇ、ねぇってば!」
目を開くと、そこにいたのはボロボロと涙を流しながら私を見る妻と娘がいた。
初めは意味が分からなかったが、先程の彼女との会話、そして砂場に倒れ込んでいた自分の姿に、やっと状況を思い出した。
久々に来た、彼女を飲み込んだ海。妻と娘は知らずに選んだようだが、その海に私は不思議と惹かれていき、遠く遠くへと泳いで行ったんだったな。まるで、彼女のように。
「良かった、貴方がいなかったら私……」
「たった一人のお父さん何だから、いなくなっちゃったら困るよ」
私が起き上がったのを確認して安堵したのも束の間、二人は私を抱きしめて泣いた。自分でも以外だった。……私って、こんなに信頼されていたのか。
けれど、今は驚くより先に。私の胸で泣きじゃくる二人の頭をポンポンと叩いた。
・ ・ ・
今思えば、あの海に引き寄せられたのも、彼女が私に手を伸ばしたのも、本当は命を奪うのではなく、私と妻や娘の愛を試していたのかもしれない。あれから、家族間の会話も格段に増えたし、素直に、お互いにお互いを思いやるようになった。
夏が早く来れば良いのに。
そう言う誰かの顔が目に浮かぶようだ。
だから私は、季節外れな秋に一輪の花と手紙を入れた瓶を詰めて、この海に来た。
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