一両目 忘れ物

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 東急大井町線は、東京都品川区の大井町駅から神奈川県川崎市の溝の口駅までを走る。  クモの巣に例えると、ビジネスの中心地・東京に向かって放射線状に引かれた縦糸を結ぶ横糸。  曳野とウサミミは、わざわざ亜里が使っている二子玉川(ふたこたまがわ)駅へ行くと、北千束駅まで乗った。  各駅停車で、およそ13分間。  その間に、東横線の乗換駅である自由が丘駅や、目黒線の乗換駅となる大岡山駅を通過する。  住宅街と商業地域を走っているから、平日昼間の時間帯は自由が丘や二子玉川などでショッピングやランチ、カルチャースクールを利用する主婦らが多く乗る。  車内では幼い子供の声が賑やかで、何台ものベビーカーが通路を占拠する。  北千束駅に電車が到着すると、曳野とウサミミは降りた。 「あ、ちょっと、待って」  曳野は、ウサミミを呼び留めると、線路の写真を撮った。 「何を撮っているんですか?」 「線路」 「そうでしょうね」  どこにでもある何の変哲もない線路に見える。 (わざわざ写真を撮る必要はなさそうなのに)と、ウサミミは思った。
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