一両目 忘れ物

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「そうなんですか?」 「考えてみろ。亜里さんが乗らない、浦和美園行きの車内で拾われるはずがないだろ。浦和美園行きの車内で拾ったというのも、拾ったときの状況を聞かれて、自分に嫌疑がかからないようにとっさに使わない路線を言ったんだ。南北線直通浦和美園行きは、自由が丘駅を通らないからな」  曳野は両手を広げて力説した。  南北線直通浦和美園行きは、自由が丘駅手前の田園調布駅から東横線を離れる。 「彼だとして、どうして、届け出たんでしょう?」 「自分を介在させないで、本人に戻したかったんだ。駅に届ければ、所有者に連絡が行くと考えた。ところが、現実は亜里さんに連絡がいくような個別対応はされず、取りにこない忘れ物として規程通りに処理され、南北線飯田橋駅まで運ばれた、ってところだろう」 「では、なぜ、亜里さんに戻そうとしたんでしょうか? 処分してもよかったのに」 「亜里さんが困っているのを、間近に見たからじゃないか? 亜里さんに駅へ問い合わせるように勧めたのも、彼だったのかもしれない。これはあとで確認してみよう」 「第三者の可能性は、本当にないんですか?」 「ないね。ネットで情報を売ったもの統だ」 「どうして、そうなるんですか?」 「その根拠は、自宅住所を売らなかったことと、生徒手帳が戻ってきたことだ。お金が目的なら、一番高く売れそうな自宅住所を売るはず。いたずら目的なら、生徒手帳を戻さない。悪意ある第三者が、ここまで気を遣うだろうか?」 「言われてみれば、そうかも」と、ウサミミはようやく統犯人説に傾いた。 「自宅住所を売らなかったのは、なぜなんでしょう?」 「そこだ!」 「はい!?」 「大事なところは、そこなんだよ」 「はあ」
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