一両目 忘れ物

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 ウサミミは、曳野にコーヒーを淹れると聞いた。 「所長、それで、あったんですか?」 「あったよ。ほら」  曳野は、財布を取り出して見せた。  愛用の黒革の財布。使い込まれて形は歪み、縁どりは剥げている。  ミチルが不思議そうにそれを見た。 「その財布が、どうかしたんですか?」 「電車の中に落としてしまって、忘れ物取扱所のある駅まで取りに行っていたんだ」 「電車の中で?」 「そう。つい考え事をしていて、落したことに気づかずに電車を降りてしまってね」 「しかも、落としたことに気づいたのが、事務所に帰ってきてからだったんですよね。所長」  ウサミミは、見つかった安心感もあって、その時の状況を詳しく話した。 「そうなんだよ。電車はパスモで出られるから全然気づかなくて、事務所に来てから気が付いた。でも、親切な人が届けてくれたからよかったよ。中身も抜き取られていなかった。全部、無事だ」 「よかったですね」  ミチルも自分のことのように喜んだ。
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