自堕落な生活

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「せやけどまー、派手に引っ叩かれたな。結構音響いとったで」 「女の平手だ。痛みはそんなでも無い」 実際音の割には大した痛みは無い。 派手な音がしたのは偶々当たった場所がそうさせただけだ。 どうせ殴るなら、歯の一本でも折る位の勢いで来てくれなければ、こんな程度じゃ痛みの内にも入らない。 「せやけどお前、このたった二、三ヶ月で一体何人泣かしてん。」 「別に、俺から云い寄っても騙してもいない。勝手に近付いて勝手に離れてくのは向こうだ」 大抵の女は付き合いをOKした途端に独占欲剥き出しで、何かと云えば「私の事好き?」とか聞いて来る。 つい数日前まで名前も顔も知らなかった相手に好きも何も無いと思うのに、そう正直に答えれば泣くか怒るか。 体だけの関係を求めてくる相手の方がよっぽどマシだ。 外人並に大袈裟に肩を竦めて、藤井が呆れた声を上げる。 「お前その“来るもん拒まず”ってのえー加減にせんと、何時か誰かに刺されてまうで」 いっそそうしてくれたなら、どんなにいいだろう。 心臓を一突きでは無く、滅多刺しで出来るだけ多く長く苦痛を与えられて死ねたなら。 「直希、お前さ、」 「市原君」 藤井が何か云い掛けた声に被さるように、後ろから聞き慣れたテノールの声が俺の名を呼んだ。 少し長めの前髪をきっちりと後ろに流し、フレームレスの眼鏡の奥の切れ長の瞳にすっと通った鼻筋、ぴんと伸びた背筋は只でさえ高い身長をより高く見せ、威圧感さえ感じさせる。
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