擦る女

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 そしてすっかり大学生活にも慣れてきた頃、Nから連絡がきた。講義をサボるので代返しておいてほしいとの内容だ。Nがこうして講義を抜けるのは今に始まったことでもなかったが、その日は午前中全ての講義を抜けるとのことで、僕は心底呆れ果てながらも少々不思議に思った。  昼休みに食堂に呼び出されて、理由はすぐにわかった。 「じゃーん」 とNは得意げにそれを見せた。どこの家でも使われてそうな至って普通の鍵だ。 「なんだよそれ」 「部室の鍵、合鍵作ってきたんだよ」  きっかけはNが部室の鍵を先輩に預かったことから始まった。泊まり込み防止のために夜になると強制的に家に帰される一方で、朝早くから集まることに関しては咎められないどころか、先輩方も一限目の講義を取ってないことを良いことに朝から部室に入り浸っていた。  そこでNは毎朝鍵を開ける先輩と時間を合わせて部室に来ては、先輩と親しくなり遂に今日鍵を預かるまで信頼を置かれるようになっていたのだった。もちろん鍵を閉めるのは先輩の役目なのでその時に鍵は返すのだが、なんとNは預かっている間にこっそりと市街まで降りて合鍵を作ったのだ。  正直ばれたらマズいだろうという気持ちのほうが強かったのだが、遠方から遥々電車を乗り継いで通っていた僕やNにとって、部室に泊まり込めることは念願だった。わざわざ早朝に起きて一時間も電車に揺られて通学せずとも、ここで泊まれば一限目のある日はゆっくりできる。幸いキャンパス内には運動部が使用するシャワールームも備わっているので、衛生面もそこまで問題はない。  今までは僕もNも時折下宿で暮らしている知人の元で泊まったりしていたのだが、流石に何度も世話になっていると向こうも露骨に嫌そうな態度を取ることもあった。まぁ大体はNの傍若無人な態度が問題なのだが。とはいえ僕も何度も向こうに気を遣って泊まるよりは、部室に気兼ねなく泊まれたほうが良かった。先輩が来る前に片付けて部屋を出ればバレることもない。  当初の不安も忘れて僕はNと何を持ってくるか、何の映画を観るかと昼休みが終わるまで期待に胸を膨らませながら話し合った。
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