擦る女

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 その時、ふらついた拍子にNが後ろにこけて、窓際の棚をひっくり返しながら倒れこんだ。突然のことに思わず二人とも我に返る。 「あ……」  暫しの沈黙が訪れ、一気にしらけてしまう。こうなると気分はだだ下がっていく一方だ。冷静さを取り戻す思考とは逆に全く制御の利かない浮遊感を持った体を奮い立たせて、散らかった部屋を片付ける。幸い棚から土砂崩れのように床に投げ出された漫画やDVDは無事なようだった。  しかし、棚の後ろにあった窓を塞ぐポスターのうち一枚が袈裟斬りを受けたかのように、倒れたNの体によって豪快に破られていた。上下だけを窓枠に合わせて貼り付けていたのか、掴むところを失ったように袈裟斬りを受けた下半分が力なくだらりと垂れ下がる。 「これ先輩にばれたらマズいよなぁ」 「にしても汚いなこれ……」  窓は長年開けた形跡もなく、泥水とボロ雑巾で拭いたのかと思うような跡があった。ちょうど、粉の沢山着いたままの黒板消しで闇雲に拭こうとして残る軌跡のような、左右を何度も往復している。  あまりの汚れ様を目の当たりにし、生理的嫌悪が沸き上がると同時に、何か不気味な雰囲気を直感的に悟って、背中がぞわっとした。  束の間呆然とした後、無残に破れたポスターをどうにか繕おうと、何か使えるものがないか部屋の中を物色する。しかし冷静さを取り戻したとはいえ、酒の酔いは抜けきっておらず、さっきまでの高揚感が消えたと同時に妙な疲れと眠気が襲ってくるのでロクに探し物ができない。  互いにしばらくあちこちを這い回り、遂にNが 「明日朝早くに、その辺でテープ買ってこようぜ」 と言ったのを機に僕らは手を止めた。 「どっちみちばれるかもなぁ」 「黙ってても夜誰か侵入したことはわかるもんな」 「せっかく合鍵作ったのに、いきなりかよ……」  舌打ち交じりに恨み言を吐き捨てて、Nはソファに身を投げる。僕も先程まで何も考えず浮かれてはしゃいでいた自分達を悔いるような恨めしく思うような気持ちで溢れそうな心境で、部屋の明かりを消して、向かい側のソファに横たわった。  真っ暗な部屋の中に木陰の隙間を縫って差し込む月明かりを受けて、ポスターの破れ目から覗く薄汚れた窓ガラスがぼうっと浮かんだ。
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