擦る女

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 ズズズッ   ズッ……      キュルッ   キュルルーーキュルッ  隣の窓からだった。そして先ほどの細い鳴き声のような音は、決してネズミやイタチのそれではなく、窓を擦る音だと分かり、戦慄した。  何者かが壁を這っている。  よせばいいのにふと月明かりと木陰が映る件の破れ目に視線が釘付けになる。弦を引っ掻くような異音はしばらくすると再び  ズズズズーーーッ      ズズーーーッ と壁を擦る音に変わった。  次はこの部屋の外を通る。壁の向こうに聞こえてしまうんじゃないかというくらいに鼓動が激しく高鳴り息が上がる、目を逸らせと言わんばかりに汗がつーっと目尻に降りてきた。けれどもポスターの裂け目から目を離せなかった。  そして――  ギュ……  キュル キューーッ   ギィッ  キュルルーーーッ 音の主が僕らがいる部屋の窓を這い擦りだす。奴が動く度にガラスとサッシがガタガタガタと僅かに震える。加減など一切せず、力任せに押し付けている様子が脳裏を過り、今にも窓ガラスを突き破ってくるのではないかと、やけに嫌なことばかりを想像する。  と同時に、気付かれなければきっとこのまま部屋を通り過ぎてくれるのではと思いつき、毛布を頭から被って息をひそめ、おそるおそる毛布の裾を捲って小さな隙間から、窓を伺う。キュルキュルと奇怪な音は尚も響き、徐々にポスターの裂けた面を通り過ぎようとしていた。  それが視界に飛び込んできた刹那、もう瞬きするのを忘れて目を見開いた。  裂け目の縁から、にゅーっと痩せこけた白い手が文字通り水平に伸びて、ヤモリのように音もなく面に張り付いた。やがてもう一方の手も後を追うように伸びて、横並びに張り付く。そして両の腕がわずかに強張ったかと思うと、張り付いた手はそのままにゆっくりと肘を曲げて  ギィ    キュルキュル……  キュキューーーッ と再び異音をあげて全身し出した。間もなくして、裂け目の縁に頭と思わしき影が見えだした。  思わず出そうになる声を必死に抑えて毛布の隙間を閉じる。  このまま過ぎてくれと必死で祈った。毛布を被っているのにも関わらずヒヤリとした悪寒が汗の滲む体を撫で、ガクガクと震えでのたうつ全身の奥は気持ちの悪い熱が籠って、縮めた腕が激しい胸の動悸を感じる。こちらを嘲笑うか如く、窓の向こうのそれは音を立てていた。
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