リベンジ・ポップ

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リベンジ・ポップ

本屋に求められるのは、お客様のリクエストにお答えする対応力。流行の書籍を把握し、どこに陳列してあるかを覚える記憶力。何より手早く的確に商品の補充を行える体力。その三点が何よりも求められているという事に瑞穂が気が付いたのは、アルバイトを始めてから1週間も経たない頃だった。決して本屋という仕事を甘く見ていたわけではないが、本屋の業務の現実を思い知った瑞穂は毎日のように涙を呑む思いで仕事に追われていた。 接客、陳列、清掃、施錠、返品、発注。毎日のように押し寄せる業務の怒濤は、今まで平穏に生きて来た大人しい少女の精神を確実に削っていた。しかも業務を教えてくれる上に、試験などがあればシフトを減らしてくれるという酌量があるため文句は言えないが、指導する社員がまたアルバイトに異様に厳しく、一つ失敗しようものならバックヤードに引きずられ耳が飛ぶほど怒鳴られるというのは日常茶飯事。 地方ではそこそこ有名な大型書店、四車堂紗蔵駅前店。文系女子大生・星沖瑞穂は人生で最大の挫折と屈辱をそこで味わいかけていたのであった。そして今日もまた瑞穂は、レジの裏側にあるコンクリートがひび割れた埃臭いバックヤードに呼び出され、黒縁眼鏡の男性社員にお説教を食らっていたのであった。 「あのさ、星沖さん。俺何回言った?陳列遅いって。しかも電話鳴ってたら出ろって。カウンターと違ってさ、お前ら暇なんだからさ。いつまで新人気分なんだよ、使えねえな」 「……すいません」 入社三か月が経った今も、この藤岡という社員の説教はエスカレートする一方。しかも男女やアルバイトの分け隔てもなく平等かつ執拗に暴言を吐き、そのくせ上司のゴマ擂りには余念がないという最低最悪の悪徳社員である。そんな最悪の権化たる藤岡の説教を食らう瑞穂は、一刻も早くこの時が終わるのを頭を下げながら待っていたのだった。 「愛想も悪い、声も小さい、仕事の覚えも遅い。そのくせ休みの日取りと意見だけは一丁前に言いやがる。何なの。お前みたいなやつ見た事ねえよ」 「……すいません」 「それは聞き飽きた。どう改善するかさっさと言え」 加筆しておくと、瑞穂が意見したのは一度だけ。しかもアルバイトも自由に意見していという店舗会議の場で指名されたからだ。このあまりの理不尽さに、瑞穂の目頭に熱がこもり始めた。
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