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すると、そんな歯噛みする瑞穂の言葉を藤岡の大きなため息が遮り、取次リストの挟まったバインダーを手荒くめくりながら言葉を続けた。
「まあ、時間も勿体ないからこれで勘弁してやるわ。でもよ、手書きポップだっけ?そんな下らない提案してる暇あったら、仕事の一つでも覚えれば?下手の考え休むに似たりだ」
そして藤岡がドアを荒々しく開け放って出て行った。ややしばらくの沈黙の後、そのドアからこっそりと入ってくる若い男女がいた。瑞穂と同じ白のダンガリーシャツの制服を着た、やや背の高い聡明そうな女性と、無造作ヘアの少しチャラそうな青年。二人は瑞穂の面倒をよく見てくれる先輩で、女子は神谷栞、男子は柿崎司という名だった。
「もう、藤岡さんったら…。あそこまで言わなくてもいいのに。なんでクビにならないんだろ。大丈夫?瑞穂さん」
「栞先輩…!」
栞の優しく気遣う言葉に、瑞穂の涙腺は崩壊した。その場に膝を着いて泣く瑞穂に寄り添う栞。それを所在なさげに見る司だったが、すぐに踵を返して背中を向けた。
「神谷、星沖を頼む。俺は藤岡がこっちに来ないよう品出ししながら妨害する」
「ありがとう。お願いね」
まさに地獄に仏。藤岡は勿論の事、イレギュラー的に発生するクレーマーのような巨悪もいるが、こうした心優しい同僚がいるということが、彼女がこれほどの扱いを受けても辞めない理由の一つであった。
~*~
「ったく、藤岡の奴!本当に酷え奴だよな。バイトは見下すし、失敗も認めねえ。ここで働いて1年になるけど、あんな大人見た事ねえよ」
「さっさとクビになればいいのに。ね、星沖さん。気にしなくていいから、また頑張りましょう」
「はい…」
勤務時間が終わり、同時に上がった三人は駅中のファミレスに移動して上司の愚痴を吐き散らしていた。落ち込む瑞穂を元気づけようとしてのふるまいだろうが、それでも瑞穂の気持ちは晴れる事はなかった。藤岡の言い放った罵詈雑言の内の一つが、棘のように深々と心に刺さっているからである。
「…私の発言は、間違ってたんでしょうか」
「ん?」
ボンゴレを手繰りながら、栞が何の気なしに瑞穂の言葉を聞き返す。横の司も、トンカツの乗ったミートスパゲッティを喰らいながらも耳を傾けていた。
「出版社から来てるポップだけじゃなく、自分達で手書きポップを作る。それってダメなんでしょうか」
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