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それは、瑞穂がバックヤードで出版社から届いた段ボールを開封していた時の事。中にぎっしりと文庫本が詰まっているのと同時に、その上に数枚見覚えのある紙が数枚乗っていたのを見つけたのがきっかけだった。それはやや黄色っぽい厚紙の上に、手書きと思われる文字が記されたものだった。
「何ボーっとしてるんだ。早く台に移せよ」
「す、すいません。でも、これって…」
「ああ、ポップだ。出版社から届くんだが、知らなかったか?だが、平積みのものじゃねえな。捨てとけ」
いらついた声で指示を出す藤岡。瑞穂はもやもやとした気持ちのまま段ボールから本を移し、それをしながら声を出してみた。
「…こういうのって、手書きだと思ってました」
「そんなもん書いてる暇なんかあると思ってんのか。あんなの書くのはな、暇人がやることなんだよ。出版社から来る手書き『風』ポップで十分だ。もっとも、大半は邪魔だから捨てるけどな」
藤岡の取り付く島もない物言いに呆れる瑞穂。それによって、彼女の中にあった「本屋さん」の信条のようなものが瓦解するような気すらした。
そう思ったからこそ、アルバイトと社員が意見交流する会議で勇気を出して発案したのに。藤岡はその場で瑞穂の意見を黙殺したのだ。他の社員も見て見ぬふりをしており、瑞穂はただその場で赤面するしかなかった。そんな苦い思い出が、今日のあの一言でよみがえってしまったのである。
「あれも酷かったね。無視とか本当ありえない」
「しかも、そういうときに限って左門支店長いないし。支店長がいない時だけ、あいつは好き放題やるからな」
目の前に香ばしい香りを放つチキンソテーが来ても、瑞穂は視線を上げず先輩の言葉を聞いている。口を紙ナプキンで拭きながら、栞は二の句を継いだ。
「私は間違いなんかじゃないと思う。むしろ、テレビとかSNSとかで手書きポップはよく取り上げられるし、藤岡さん…いや、あのお店自体が間違ってると思うわ」
「そうだな。俺もあれらが全部出版社から来てるなんて知らなかったし、少なからずショックだったよ。自分達で作れたら、大変そうだけど楽しそうだよな」
先輩の助言も受け、瑞穂は決意の表れのように握り拳を固める。そしてややあってから、おもむろに顔を上げた。その前に座る二人も、目の奥には闘志の熾火が燃えているように感じられた。
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