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「あたしまどか。まどかお姉さんって呼んでいいわよ」
初めて生で見た。これがオネエってやつか。
テレビでよく見るけど、本物っているんだ。
清潔感あふれているというのに、何故こんなにも直視できないのだろう。
「はい、これ着なさい」
そう言って、まどかに紺色のカーディガンを渡された。
ふわりときつめの香水の香り。
当然のように、柏木さんの顔を思い出した。
憎い。憎い。憎い。
着れるわけがなかった。
着てしまったら、この人を受け入れてしまうことになるような気がして。
「着ない。他人と会話するのも無理です。僕に話しかけないでください」
どうせ、裏切る。
あの人が、僕からたった一人の弟を奪った時のように。
誰かといる気には到底なれなかった。
まどかは何度か瞬きをした後、あっけらかんとした様子で言った。
「言っとくけどそれ、アタシのじゃないわよ」
「……は?」
「捨ててあったのを拾ったのよ。だから、あたしのじゃない」
着てたじゃん。アタシの上着って言ってたし。
持っているカーディガンはやはりというか、目の前にいるおっさんと同じ匂いがした。
戸惑っている僕を見て、まどかは溜息をついた。
「じゃあね。それ、いらないならそこら辺に捨てるなり何なりしてちょうだい。もう、アンタのだから。………あと」
まどかは僕の姿を見て、顔をしかめた。
割れた顎が見えた。
「自分は、大切にしなさいよ」
そう言うとくるりと背を向け、カツカツと音を立てて何処かへ行ってしまった。
―――寒かった。
血が冷えてきたから。柏木さんと、春樹の血が。
歯を食いしばる。
僕はカーディガンを腰に巻きつけた。
着れなかった。
でも、捨てる気にもなれなかった。
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