第二章 影踏み鬼子

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「あたしまどか。まどかお姉さんって呼んでいいわよ」 初めて生で見た。これがオネエってやつか。 テレビでよく見るけど、本物っているんだ。 清潔感あふれているというのに、何故こんなにも直視できないのだろう。 「はい、これ着なさい」 そう言って、まどかに紺色のカーディガンを渡された。 ふわりときつめの香水の香り。 当然のように、柏木さんの顔を思い出した。 憎い。憎い。憎い。 着れるわけがなかった。 着てしまったら、この人を受け入れてしまうことになるような気がして。 「着ない。他人と会話するのも無理です。僕に話しかけないでください」 どうせ、裏切る。 あの人が、僕からたった一人の弟を奪った時のように。 誰かといる気には到底なれなかった。 まどかは何度か瞬きをした後、あっけらかんとした様子で言った。 「言っとくけどそれ、アタシのじゃないわよ」 「……は?」 「捨ててあったのを拾ったのよ。だから、あたしのじゃない」 着てたじゃん。アタシの上着って言ってたし。 持っているカーディガンはやはりというか、目の前にいるおっさんと同じ匂いがした。 戸惑っている僕を見て、まどかは溜息をついた。 「じゃあね。それ、いらないならそこら辺に捨てるなり何なりしてちょうだい。もう、アンタのだから。………あと」 まどかは僕の姿を見て、顔をしかめた。 割れた顎が見えた。 「自分は、大切にしなさいよ」 そう言うとくるりと背を向け、カツカツと音を立てて何処かへ行ってしまった。 ―――寒かった。 血が冷えてきたから。柏木さんと、春樹の血が。 歯を食いしばる。 僕はカーディガンを腰に巻きつけた。 着れなかった。 でも、捨てる気にもなれなかった。
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