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慌てて音の方向を見ると、猫目の青年が一人壁に沿って走っているのが見えた。
ーータイルを探してるのか?
鬼がいるのに。
命が、惜しくないのだろうか。
青年の存在に気がついた周囲の人が手伝いに回り始める。
再び、肉体の裂ける音が聞こえ始めた。
鬼の意識は、明らかにあちら側に向いていた。
目を背けたくなるような光景だった。
でも、背けたら死ぬ。
目の前の光景はどう見ても、もっとも時間の稼げる方法だった。
全員を黒く染まった壁まで運んでいくのは不可能だ。
でも“集団”を崩す時間はある。
ーー今のうちに、一人でも多く移動させよう。
そう思っていた、が。
青年のいる壁付近にいた人のほとんどは、ほんの数秒も経たないうちに鬼によって惨殺されてしまった。
「嘘でしょ…」
誰かの声が聞こえた。
ーーーッ!!!
「まどか!!その布全部貸して!!」
「い、いいけど、なんに使うつもりなの!?」
「怪我人をよろしく!」
「ちょっと!!」
気がついたら、僕は壁に向かって走り出していた。
僕を止めようとするまどかの叫び声が聞こえる。
鬼が、タイルを探している人たちの方へ向かっていくのが見えた。
壁の色を全部黒く染めて光源をなくすということは、つまりは鬼を影で覆い尽くすということ。
一瞬でいい、鬼の動きを止められたら。
少しでも、誰かを救うことにつながるだろうか。
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