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ヒュン!
風を切るような音とともに巨大化した鬼がこちらに向かって金棒を振り下ろしてきた。
標的を猫目の青年から僕に切り替えられたことに内心ほくそ笑みつつ、空気を取り入れすぎて痛みを帯び始めた肺をぎゅっと押さえた。
別に、中央にいる人や黒くなった壁際にいる人達全員を助けることが出来るなんて端から考えていない。
ただ、助かることが出来る命があるなら助かるべきだ。僕みたいな生きる意味を無くした奴よりも価値ある命が、きっとこの空間の中には沢山ある。
だからこそ
ーーー出来るだけ派手に死んでやる。
できるだけ残酷に、見苦しく。
ブン!!
鬼の金棒の振りを反射で避けることが出来るほど僕の身体能力は高くない。
今までの鬼の運動パターンからある程度の方向を予測しつつ、出来るだけ体力を温存しながら鬼の注意を引き付ける。
自分にこんな芸当ができるなんて、思いもしなかった。
ーーアドレナリンって奴、出てるのかな。ハハ、なんか、変な感覚だ。
でも、きつい。
頭が痛い。視界が霞む。全身を圧迫するような緊張感によって、体力が削られていくのがわかる。
チラリと視界の端に他の人達を見ると、僕が時間を稼ぎ始めてほんの数十秒しか経っていないというのにあっという間に集団を崩し鬼に襲われずらい隊形を作っていた。
ーーああ、僕の生きる意味が、今度こそなくなった。
猫目の青年ももうじきタイルを探し終えるだろう。
そうしたら僕は、どうするべきなんだろう。
どうなるべきなんだろう。
ーーブン!!
ガシャァァンン!!!
鬼が金棒を振る。壁が壊れる。
身体はもう動けるような状態じゃない。
それでも足が止まらない理由は、僕自身にも分からなかった。
のに。
終わりは唐突にやってくるものだ。
「・・・うわッ」
ーー不味い!!
誰かの服を踏み足を滑らせてしまった。
視界がぐるりと回転し、こちらに向かって金棒を振り下ろす鬼と目が合った。
ーーあ。
死んだ。
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