4704人が本棚に入れています
本棚に追加
ややあって。
「あの…ご婚約。おめでとうございます」
私は少し寂しい気持ちでそれを言った。
「ああ、その事か。
前々から決まっていた事だ、別にめでたくも何ともない。どうした?ブスッとして、ブスが益々悪化する…イテっ」
「…嘘つき」
「あ?」
酔って、大胆になっていることもある。私は拗ねたように唇を尖らせ、足下の小石をコツンと蹴った。
「『遊んでる』だなんて。
そんな風じゃないお嬢様じゃないですか。いくら自分を自己正当化したいからって」
「何だよ、俺は別にそんなつもりじゃ…」
つまらなそうに返事をした後、
「そうでもないぜ。見ろよ」
ふとあらぬ方向に目を向けた彼が、月明かりの庭の木立を指差した。
「あれは?」
彼の指した方向、薄暗い木立の中に目を凝らすと、人の影が2つ。
「京極のお嬢さんと、その付き添いさ。
………見てろ」
と、向こうもこちらに気が付いたのか、私達の方を向いた気がした。
小さな影は例のお嬢様の方だろうか。急いで離れようとした大きな方を掴まえた。
そして……
影が重なった。
「う、うわ……」
思わず私は目を見開いた。
2つの影は、ゆっくりと見せつけるように形を変え、何度も重なり続けている。
藤城課長は、せせら笑うようにそれを眺めているばかり。
瞳には何の感情も宿していない。
最初のコメントを投稿しよう!