君を抱く

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 だっ……  ダメぇっ!!!  それは咄嗟のことだった。  私は四つ這いのまま、素早く藤城課長に近づくと、彼のスラックスの裾を 思いっきり“えいっ” と引っ張った。 「っ……!?」    勢いのついていた彼は、バランスを崩し……  ドシャアッッ!  見事に顔面からコケた。 「あ…」 「よ、四葉てめっ」 「あ、あわわ…スミマセンッ。 でも、だ、ダメですよっ?ケンカしないで。ね?お2人とも落ち着いて」  怖かったけれど、私は必死に頼みこんだ。  これ以上、2人の争いを見たくない。  思わずぷっと吹き出した後、笑いを堪えて奇妙に顔を歪めている将馬。    それを見てゆっくりと立ち上がった藤城課長は、再びシリアスに顔を戻すと、彼をギロリと睨みつけた。  膠着状態が続く。  やがて、それを破ったのは将馬の方だった。  フン、と鼻を鳴らした彼は、もういつものニコニコ顔に戻っていた。 「ははは、何だか気が抜けたよ。美咲チャンも言ってるコトだし。 ……帰るわ」 「ま、待て貴様、逃げるつもりかっ!  ぶわっ…」  身を翻した将馬を追いかけようとした藤城課長を、私は再び引っ張った。 「四葉、テメエ…」  顔面を2度もしこたま打ちつけられた彼は、睨むターゲットを、とうとう私に変えてきた。  その眼力に脅えつつ、 「ダメ…」  私はフルフルと首を振る。  その隙に、将馬はもう扉口に立っていた。 「さっきの件、返事はまたでいいからね。  待ってるよ、美咲チャン」  オドけた風にキスを投げると、呑気にヒラヒラと手を振りながら、将馬は飄々と去っていった。
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