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藤城課長は、何も言わずに私を引っ張っていくと、呼び止めたタクシーに押し込んだ。
運転手に行先を告げた後も、窓に流れる景色を見つめたまま、顔を見ようともしない。
話し掛けることもできず、私はただ隣で身をすくめて座っていた。
やがてタクシーが停まったのは、いつもの御屋敷ではなく、さる高名なホテルのエントランス前。
ボーイが急いで近づいて来て、サッと私のバッグを持った。
周囲の視線に身を縮めつつ、私はチェックインを待っている。8999円お買い得セットスーツに身を包んだ私は、いかにも場違いだ。
やがて彼がフロントから戻ると、ボーイの案内で部屋に向かった。
「ウワー…」
案内されたのは、いわゆるスィートルームというやつで、テレビで『1泊○十万……』なんて紹介されているような部屋だった。
「スッ……ゴいですね~。
ウワー、いーい眺め…」
贅を尽くしたインテリアもさることながら、壁一面の窓に拡がる宝石箱をひっくり返したかのような煌めきに、私は思わず嘆息を漏らした。
「こんな時間でも…
明かりの数だけ、みんな一生懸命に働いてるんですねぇ。ね、カチョー。
……カチョー?」
「………」
藤城課長が何も答えてくれないので、私は再び黙り込んだ。
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