4706人が本棚に入れています
本棚に追加
黒のベンツは屋敷の前で私を降ろし、彼とはそこで別れた。
先ほどの電話で、急な案件が入ったそうだ。
“すまない”
私に両手をあわせると、彼はそのまま、訪問先へと向かっていった。
いつしか空はどんよりと鉛色に、屋敷林は白く霞んで、冷たい秋雨に包まれていた。
彼に渡された傘を差すのも忘れ、木立の中をトボトボとゆく。
雨水を含んだ落ち葉が、ペトリとブーツに張りついた。
「クゥン…」
とうとう途中で座り込んでしまった私に、ドーベルマンが一匹近づき、涙と雨に濡れた頬をペロッと舐めてくれた。
「大丈夫だよ、ありがとね…」
そのコの頭を撫でてやると、いつまでも尻尾を振って、ペロペロと顔を舐め続けている。
うっ、ナマグサイ……
けど、慰めてくれてるんだろう。
いつの間にやら私の心は、晩秋の冷たい霧雨の中に迷いこんでしまったようだった。
もう、あまり時間はない。
彼の結婚式までに、
私は未来を
決めなくてはならない。
最初のコメントを投稿しよう!