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「春まではさ、長年住み込みやってた婆さんがいたから。…まあ、キレイなもんだろ」
どことなく嬉しそうに、彼は床をミシミシと踏み鳴らしている。
確かに。
ようやく立ち直った私は、ぐるりと辺りを見回した。
軋みを除けば、つい最近までヒトがいた気配があり、荒れたふうではない。
キレイ好きなヒトだったのか、隅々まで綺麗にされ、ホコリもさほど積もっていない。
しかしそこはお婆さん。
見れば廊下の隅っこに、洗面器が床に転がっているではないか。
拾おうとすると、
「ああ、それはそこに置いとけ。雨漏りがするんだ」
「……」
部屋のノブを回すと、6畳1間の全景が私の前に広がった。
ありがたいことに、私の荷物が既に入れられ、キチンと配置されている。
お気に入りの抱き枕ちゃんも!
うわ~ん、会いたかったよ~。
嬉し泣きながら抱き抱え、頬擦りしていると…
何と驚いたことに、課長が私のベッドにドサリと寝そべった。
「え、ちょっ…」
「しっかりした婆さんだったけどな。去年80になってからは、いよいよいけなくて。
とうとうこの春、施設に入ったんだ」
天井を見つめ、愛しげに語った彼は、これまで見たことのないような優しい顔をしている。
が、私はそれどころでない。
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