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課長の正体
チントンシャン、
バックミュージックは宮城道夫の『春の海』。
藤城課長に連れられてやって来たのは、筝三味線が優雅に響く、高級小料理店だった。
課長は常連さんらしく、
「いつもの」
と女将さんに片手を挙げ、案内もなしに奥の部屋へと進んでゆく。
その後ろにオズオズと続きながら、私は後の支払いのばかりを気にしていた。
まさか、ワリカンじゃないよなあ……
一文無って悲しい。
小さな畳の個室に上がると、紫檀の和テーブルを挟み、藤城課長と向かい合う。
その後すぐにやって来た美人の女将さんに飲み物を聞かれ、まさか『オレンジジュースで』とは言えず、
“カチョーと同じ”
と言ったのを最後に、気まずい沈黙が続いていた。
「「…………」」
気鬱だ。
やがてお銚子とお料理が運ばれてくると、課長は女将にそっと耳打ちし、襖を閉めさせた。
人払いというやつだ。
いたたまれない雰囲気の中、課長は手酌で冷酒を注ぐと、ついでに私のコップにも注いだ。
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