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「え……ちょ、ちょっと。いいですよ、自分で食べれますから。
貸してください」
しかし彼は、私が奪おうとしたスプーンを、高く遠ざけてしまった。
「いいから。うちは病気の時、いつもこうだったんだ!」
え……
スプーンを奪おうとワタワタ動かしていた手をピタリと止める。
冷徹な課長にも、冷たくて寂しい家にも、かつては暖かいエピソードがあったのかもしれない。
なんだか私は嬉しくなった。
「それはもしかして…お母様が?」
「イヤ、……例のバーさんだ」
彼が表情を固くしたので、私は慌てて口をつぐんだ。
「さあ、溢れてしまう。早く口を開けろ。“あ~ん” って」
「うう…」
言い出したら、絶対聞かないのが藤城課長。
観念した私は、遠慮がちに唇を開けた。
「もっと大きく。入らない」
もー、知るか!
ヤケクソに目を閉じて、あーんと大口を開ける。
スプーンがそっと挿し入れられて、人肌の暖かさの甘味が、舌の上に拡がった。
「よーし、いいコだ。ゴックンしろ、ゴックン」
言われるままにゴクンと飲み込む。
それを見て嬉しそうに笑う彼が、まるで無邪気な少年(コドモ)みたいで。
私の鼓動は、またうるさくドキドキと鳴り始めた。
だってこれ、かなり恥ずかしいですよ課長。
そもそもね。
子供時代のカチョーとおバーちゃんを、仮にも若い男女で再現しちゃあ、倫理的にも、ビジュアル的にもマズイんじゃ…
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