母の記憶

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母の記憶

「全くもう、カチョーってば!」  着替えを終えた私は、ブツブツとひとり言を言いながら、長い廊下を歩いていた。  あの人がショウマさま、弟さんだったのかあ。  顔はソックリだったけど、アサダさんの言う通り、課長より柔らかい感じがする。  眉間にいつもシワがなくって、愛想のいい課長って感じ。  ちょっとエッチっぽいけどな。  にしても、初対面がアレなんて……ん?  ちょうど食堂(といって差し支えない)の前を通りかかった時だった。  この時間にはいつも真っ暗なはずのそこから、小さな灯りが漏れ、話し声が聞こえてきた。    先程の2人が、どうやらここに逃げ込んだらしい。  一方の聞きなれた美声は課長のもの、何やら話し込んでいる様子。  私は思わず足を止めて、耳を澄ました。 「……何故突然戻ってきた?」 「あれぇ?知らなかったな。  この家は帰るのにも、イチイチ兄さんの許可がいるようになってたのか」 「お前は勘当された身だ。今更何の用がある」 「住民票も戸籍もここにあるんだけど」 「………。  お前が戻ると、厄介な事になる」 「そーお?」  何やら不穏な雰囲気だ。  どう考えても、兄弟の再会を喜んでいる風じゃない。  私は身を潜めると、小さく開いた扉の隙間から、そっと中の様子をうかがった。
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