母の記憶

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 それから、開きっぱなしの部屋の方をチラリと覗く。  残された藤城課長は、さっきまで弟の座っていた椅子に掛け、虚ろにテーブルを見つめていた。  落ちていたフォークを拾い、そっと部屋に入ると私は、彼の後ろに佇んだ。 「あの…」 「聞いてたんだろ」 「…すみません」    私が謝ると、彼は小さく息を吐いた。 「あれは弟の将馬、さっき突然帰ってきたらしい。全く、人騒がせなヤツだ。  四葉。  アイツの世話はしなくていいからな。  昼はアサダが喜んでやるし、夜は勝手に何とかするさ」  私が黙って頷くと、彼は再び黙ってしまった。  し……ん。  思い沈黙が横たわる。  重苦しいムードをなんとかしようと、私は差し障りの無さそうな世間話を投げてみた。 「えっと……  イヤ~、カチョーにソックリですね、将馬サマ。  いくつ離れてるんです。1つ、2つ?それとも双子?」  「3ヶ月だ」 「は?」 「…母親が違う」 「あ~…」  アイヤー、  思いきり差し障った。 「あの、えーっと…」   何とか取り繕おうとする私を、遮るように彼は言った。 「込み入った事情があるんだ」  フンと自嘲気味に笑うと、藤城課長はノッソリと立ち上がった。  そうして、 「今夜は疲れた。  部屋に寝酒を持ってきてくれないか」  私に言い残すと、重たい足取りで自室に引き上げていった。  1人になり、私はふと考えた。  珍しいな、課長が寝酒を求めるなんて。  ん?待てよ。それってつまり……  話をしてやろうということか?  課長の “込み入った事情” を、この私に!  こうしてはいられない!  私は急いで準備に取りかかった。
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