母の記憶

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__________ 「お前も気づいているとは思うが…  この家に“オクサマ”はいない。  父には正式な“妻”がないから」  藤城課長は、私をベッドの隣に座らせると、ワインを傾けながら語ってくれた。  それは1人の小さな男の子の、切なく苦しい物語を___ __父はいわば苦労人だ。  先々代、先代が食い潰し、没落した藤城家をたった1人で立て直した。  若い頃は遊びは勿論、結婚する暇さえなく、必死で働いていたと聞いている。  やっと事業が軌道に乗り、家が持ち直した頃には、父は40代も後半に差し掛かっていた。  そうすると父は、財産を守らせるために、血を分けた嫡子を残すことに執着しはじめた。  裏切ったり裏切られたりで、他人を全く信用しない人だからな。  妻さえ他人、持つ気もなかったのだろう。  父は子を産ませる為、代る代る女に手を付けた。  その時の漁色の末に、生まれたのが俺と将馬で__  父は跡継ぎの男児が2人生まれたら、もう充分だと考えた。  元々興味がない、というよりは遊蕩に耽って家を破産寸前まで追い込んだ父親を見てきてよ、寧ろ憎んでるのかもしれない。  女遊びはピタリとやめた__
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