母の記憶

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「なんてな、久々にアイツの顔見たら…思い出してしまった。 悪いな、ツマラない話に付き合わせて。  オマエだとつい話しやすくて…  どうだ、呆れただろ。偉そうにしといて、とんだマザコンだって… どうした、何故……泣いている」  いつしか、私はホロホロと涙を溢していた。 「可哀想だから………課長が」  震える声でやっと言うと、彼はぎゅっと眉を潜めた。 「はあ?  何を言い出すかと思えば……  いいか、俺はグループ当主になる男だぞ? 無一文のお前に憐れまれる筋合いは……何だよ」  私はしっかりと首を振った。 「ううん。 だって、その男の子は私よりも持ってない…」 「何だと!?」  それは私のシンパシー。  幼い頃の自分の切望が、少年の彼と重なった。 「分かるんです。  私も…ずっとお母ちゃんが欲しかったから。  だけど私には父ちゃんがいた……  思い出したの。 『母ちゃんどこ?』って泣いたらね、お父ちゃん、泣き止むまでずっとおんぶしてくれてたの。  だけど課長は、たった1人のお父ちゃんにも厳しくされて……  きっとその男の子は、哀しかったに決まってる」  彼は顔を歪めると、はっきりとイライラし始めた。   「バカにするな。  言っとくけどな、人なら周りに沢山いたんだ。守役に家庭教師、執事にメイドにコックに…他にもたくさん。寂しいだなんて、一度も思ったことはない。 オマエみたいな貧乏人と、俺は違う」  私はさらに首を振った。 「ううん、それでも課長には、一番欲しい…たった一人が足りてない」  とうとう怒ってしまった彼は、椅子から立ち上がり、火のような目で睨み付けた。 「ここから出ていけっ、不愉快だ」 「イヤです!」 「じゃあ俺が出ていく…… 何を……している?」
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