母の記憶

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 その時私には、  経験も知恵も足りなかった。  溢れる気持ちの整理がつけられないまま、身体だけが勝手に動いていた。  私は、憤る彼を後ろから抱き止めると、とんでもない台詞を口走っていた。 「好きです。課長が好きなんです。  だから……  私がさしあげます。  あなたに足りてないものを」  一瞬、時が止まった。  ややあって、  藤城課長は身体を捻ると、剣呑な目付きで私を見た。 「…………はぁ?」  それから、豪快に笑い出す。 「ハ…ハハハハッ、オマエが俺を!? そうかお前が…か」 「な、わ、笑うなんてヒドいっ」  彼は私の手をそっとほどくと、振り返って私に向き直った。  口の端をニッと上げ、いつもみたいに意地悪そうに。 「で、オマエ俺に何をくれるつもりなんだ?  無一文のお前がよ」  売り言葉に買い言葉。  私はついついムキになった。 「で、ですから “アイ” を!  大体ね。だからそんな風に、ヒネクレモノのヒトデナシに育っちゃったんです!  ホントは……優しい人なのに。  あ、あなたはね。  ホンモノの “アイ” ってものを知らないだけです!」 「…ほう。ヒトデナシ、と」  彼の目が、冷たく光った。  うっ…シマッタ!つい口が滑って…  
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