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頭を鷲掴みにしてくるこの人の手は動きそうにない。逆らう意思のない事を示すように、控えめな態度で小さく答えた。
「……すみません……すぐに出て行きます。あの、ほんと……助けていただいてありがとうございました」
もう一度礼を述べただけなのに冷たい眼差しと思い切りぶつかる。
息をのみ、慌ててサッと外した視線。苛立った様子の舌打ちが耳に入って泣きそうになった。
帰りたい。早く立ち去りたい。言われなくてもここから逃げたい。
「じゃあ、どうも……失礼します……」
「えー、もう行っちゃうの?」
怖い視線と大きな手のひらから逃れるように立ち上がるも、隣の男が俺を見上げながら陽気な声で引き止めてきた。
「あ、そうだ。比内が怖いなら俺と隣でお話でもしない? ちゃんと体あったまるように紅茶でも淹れるよ。外で倒れてたんでしょ? うっかり凍え死ななくてよかったねえ」
「あ……はは……あのもうホント俺、帰るんで。お気持ちだけ……」
「うわ、お気持ちだけとか久々に聞いた。今時珍しいくらいのイイ子だな」
引き攣った笑い声しか出てこない。目の前のこの人の機嫌も損ねたくない。
頭頂部を鷲掴みにされるのもこれ以上はもうごめんだから、落ち着きなくこの場所から逃れてペコペコしながらドアまで逃げた。
去り際に室内を振り返り、もう一度深々と頭を下げる。姿勢を戻してチラリとだけ二人の様子を窺った。
ニコニコしている方の男とは全くもって対照的なその人。興味なさげにフンと鼻を鳴らし、すぐにデスクへと戻って行った。
「……ご迷惑をおかけしました」
パタンと外から閉めたドア。見慣れない空間にキョロキョロ視線を巡らせる。
整然とした通路。
目の前にあるのはブラインドカーテンが上がっている部屋の窓。会議室、か何かだろうか。向かい合わせに配置された長机と、ホワイトボード。大きすぎないサイズの観葉植物も目に入る。
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