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知らないドアを開ける訳にもいかず、そこを横目に通り過ぎて角を曲がるとまた廊下。
ドアを二つほど通過してさらにまた曲がると、その先にエントランスが見えた。
出口から一歩踏み出すとすぐに外の空気に触れる。目の前に広がっているのは当然、見知らぬ土地の光景だった。
せめて駅の方角くらいは聞いておけばよかったと悔やむ。
とは言えこうしていつまでも立ち尽くしている訳にはいかない。ひとまずは道路を挟んだ向かい側の歩道に渡った。
残念ながら見渡せる範囲に案内標識の類はない。右か左か、どちらに行こうかと足を留めて迷うこと数秒。明るい声が耳に入った。
「ねー! 待ってキミー!」
元気よく叫ばれて振り返る。そこにはさっきの人がいた。愛想のいい方のにこやかな男が建物の入り口から顔を出している。
人通りもなければ車の通りもない道を一直線に駆け渡ってきた。
「ごめんごめん引き止めちゃって。比内が行けって言うからさ」
「……え」
なぜ。知らぬ間に何かやらかしていたか。
「口は悪いんだけどね、ああいう男なんだよアレは。自分で追い出したくせにキミがちゃんと帰れるか心配になったみたい」
「……そう、ですか……」
身に覚えのない非礼に対する脅し文句ではなかったようだ。とりあえずは胸を撫で下ろし、あの冷たい目を思い出す。
物凄く怖かったけど。悪い人ではないのかもしれない。
「帰り道分かる? っていうかココがどこかはちゃんと分かってるんだよね?」
「あ……いえ。実は全く……。走ってて気づいたらここにいたんで」
「走ってて……?」
にこやかながらも困惑した様子でオウム返しにされた。当然だ。
曖昧に頷いただけの俺に、この人は首を傾げて言葉を続けてくる。
「……あのね。法律事務所の前で倒れてる人間なんて酔っ払いか訳アリかのどっちかだろって、比内が眉間にシワ寄せながら言ってたんだけど……」
「法律……?」
「あ、うん。ウチそういう事務所。で、ホントに訳アリなら話くらい聞くよ?」
道路を挟んだその建物をここから眺めた。よくよく見てみれば入り口には確かに『比内法律事務所』の看板が。
弁護士なのか。あの人。
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