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「ッ……はっ……クソッ」
走って走って、ずっと走った。あいつらの怒鳴り声からも、街中の雑沓からも、とにかく今はただただ逃げたい。
足を止めずに走っていたせいで喉の奥は乾いている。ヒリヒリと絡みつく。少し、痛む。
夜の空の下は冷えているはずなのに、体の内側はやけに熱い。ゼエハアと酸素の出し入れをしながら少しずつ走るペースを落とした。
整わない呼吸はそのまま、しばらくはフラフラ歩き続けた。俯き加減に周りの様子を観察してみてようやく気づく。
どこまで走ってきたのだか、辿り着いたのは見覚えのない場所。
シャッターの閉まっている夜中の商店街を抜け、行く宛てもなく歩き続ける。静かな道へと抜けられたのは、いくらか足を進めた後だ。
「…………」
どこだ、ここは。一瞬だけ考えようとしたけどそれからすぐに思い直した。ここがどこだろうと構わない。
とにかく今夜は逃げ切れた。このまま家に戻ったところで見つかるリスクが高くなるだけだ。標識でも探しながら歩いて、朝まで時間を潰せばちょうどいい。
「……はぁ……」
ようやくだ。ようやくほっと息をついた。
ここまで走らせてきた両足には疲労感しか残っていない。とぼとぼと歩調を緩め、ほんの少しだけ、そう思って、手近な建物のそばに寄った。
気が抜けた。限界だった。
何かの建物の、出入り口の横。隅に身を隠すようにしてズルズルと腰が崩れる。地面に座り込んでしまえば、壁に寄りかかるのもすぐだった。
ここは会社か何かだろうか。なんであってもこんな夜更けでは中には誰もいないはず。
遠慮するだけの余裕もなく、外壁に頭をもたれさせて大きく息を吸い込んだ。
あとどれくらい、いつまでこんな生活を続けていればいい。この生活に終わりはあるのか。これ以上は渡せる物もない。
全部取られた。全部渡した。悪い事なんて何一つ、俺達はしていないのに。
「…………はぁ」
寒い季節の、夜空の下。コンクリートの冷たい地面に足を投げ出して座り込んでいれば、熱かった体温が下がってくるのも数分とかからず一瞬だった。
でももういい。どうでもいい。寒くても暑くても状況は変わらない。
この生活に終わりは見えない。今はただ、とにかく眠い。
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