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痛いくらいに西日の差すアパートで、まだ母さんと暮らしていた頃だった。
雨が降ってきた日の、昇降口。灰色の空を見上げて悲しそうな顔をしている女の子の姿があった。
ふんわりと綺麗に巻いた髪を気にしているようだった。憂鬱そうに溜め息をついていた。
恋愛ドラマのワンシーンみたいなその光景を目にして咄嗟に、疎ましい。そう思った。一瞬で湧き上がってきたのはイラ立ち。
雨に濡れる程度の事でお前はそこまで不幸になれるのか。
なんだその顔は。なんだその溜め息は。悲劇のヒロイン気取りかよ鬱陶しい。
「あの」
我慢ならず声をかけた。その時はまだ名前も知らない女子だった。
それでも立っていた位置からして同じ一年なのだと想定はできた。昇降口の真ん中は三年。右側は一年、左側は二年。この学校の靴箱の並びはどうしてなのか不思議な配置だ。
差し出した黒い傘。
キョトンとした、悲劇のヒロイン気取りの女。
「これ、よかったら使ってください」
「え?」
「たぶんしばらく雨止まないと思うから」
「え、あ……でも……」
「俺はなくても平気なんで」
困惑する可愛らしい女の子に、真っ黒くて武骨な折り畳み傘を渡した。
さらにキョトンとされ、驚かれ、それを無視してほとんど押し付けるように可愛くない傘を置いてきた。
ひさしの下から飛び出ればすぐに濡れる。制服は瞬く間に色を変えた。
緩くフワッと巻いた髪を濡らしてしまうのがそこまで嫌なら、そんな傘お前にくれてやる。
俺がこの傘を貸すことによって目障りなものが一つ消えてなくなる。お釣りがくるほどに清々しい。
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