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駒の付いた引き戸に手をかけると、格子にはまり込んだ摺りガラスがカラカラと軽い音を立てた 暖簾と暗い行灯だけが存在を示すその小さな小料理屋は狭い店内にカウンター席しかなく、名物女将が独特のイントネーションでいらっしゃい、とはんなり笑った 「いい店だな、良く来るのか?」 「一人の時は大概ここだな、カウンターでいいだろ?詰めて座れよ、そのうちいっぱいになる」 佐鳥を奥に座らせて隣の椅子を引くとお絞りが手渡された、厨房はなくカウンターの中では口を開いた事がない寡黙な大将が料理を作っている 「緑川と飲みに来るの久しぶりだな」 「忙しかったからな、暁彦、何飲む?ビールでいいか?」 仕事を離れると佐鳥の事は名前で呼んでいた、前に「佐鳥!」と大声で呼んだら社長が振り返って気不味い思いをしたからだが、今度は反対に仕事中「暁彦」が出てしまいそれはそれで困ってる 「俺は焼酎の水割りにする」 佐鳥の返事を聞いた女将は何も言わなくても目だけで注文を受けてくれた 新色塗料の手配を夕方のスケジュールに捩じ込み、会社に帰ると佐鳥はまだ残っていた 仕事もしていないくせに何をしてるのか、窓に張り付いて帰ろうとしない佐鳥を連れ出して飲みに連れてきたが今日はど平日、夕飯ついでに一杯……のつもりだった 「あんまり飛ばすなよ、明日も仕事なんだからあんまり飲むと響くぞ、何をそんなに煮詰まってんだ」 「何だよ……飲みに来るの久し振りなのに変な説教聞きたくないからな」 「別に説教なんかしないけどね……」 プライベートな悩みなら無理に聞きはしないが仕事の話なら相談じゃ無くてもせめて愚痴ってくれればいい 行動は素直なくせに妙な所でストイックさを発揮する佐鳥はこんな時は頑固で中々口を割らない まあ……聞かなくても知ってるからいいけど…… 手書きのメニューを眺める佐鳥から和紙を取り上げて勝手に注文した 佐鳥が食べ物を選ぶとコスト調整に置いてるポテトフライとか唐揚げとか無粋なメニューになる、絶対なる 「今見てたのに……」 「今日は俺に任せろよ、暁彦は俺だけ見てたら間違いないって何回も言ってるだろ」  「キモいな……見てろったってお前いないだろ」 「仕事が面白んだよ、つくづくTOWAに来て良かったと思ってる、好きにやらせてくれるからな」
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