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「高瀬から話を聞いて慌ててやって来たら、この有様だ。それにしても、この部屋は凄まじいなぁ。これが全て血痕だとしたら、一体ここで何人の娘が犠牲になったのやら」
ポケットから真っ白い手巾(ハンケチ)を取り出し、眼鏡を拭きながら信煕は呟いた
「やはり、高瀬さんは異母兄上の密偵だったのですね。前回の横浜の事件から薄々気付いていましたが、あなたの口からその名が出たのだから間違えようがない」
「あんなに口が堅く信頼できる優秀な部下はいなかった。それなのに、あの薩摩の馬鹿者のせいで……まぁ、探偵という立場の方が身軽に動けるから、色々と自由に捜査できるし、私も依頼しやすいから助かっているがね」
「それにしても、何も異母兄上がご足労なさらずとも良かったのでは? あのように多くの警察官を動員したおかげで、森園子爵も無事に逮捕できたのですから」
「あの華族様が下っ端の警察官の言うことなど聞くと思うか? 私の鶴の一声のお蔭で、あっさり逮捕できただろう? それに新聞で散々コケにされては、警察組織の沽券にも関わるからな。もちろん、情報元が私の異母弟だと口が裂けても言えぬから、己の立場を考えて行動したまでのことだ」
そして、信煕はふうっと深く息を吐き、とどめを刺すかのように言い放った。
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