事件解決編

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「いや、いや、それは僕ではなく『壽屋』の嶋田朔太郎殿が、知りあいに声をかけてくれていたお陰だよ。折角の優秀な人材を無駄にするのは惜しいだろう? 聡一一座の修繕師がどうのというわけでありません。でも、溝口さんが望んでいた道を進むのが本人のためだと思い、差し出がましいようですが声をかけてみたのです」  奇術のからくりを直す修繕師よりも、西洋技術を学んで自動車を作る方が、溝口の将来を考えれば喜ばしいことだ。それならば、溝口の望んだ道を歩ませてあげたい。華子はそんな風に溝口の幸せを第一に考え、気持ちを切り替えた。ところが、この話にはまだ続きがあるらしい。 「これで故郷にいる恋人を呼び寄せることができますね、溝口さん」  麗治郎の発言が止めを刺すかのように、気弱になった華子の胸を貫いた。 「はい。長い間待たせていましたから、早くこちらに呼び寄せて安心させたいです」 照れくさそうに頬を染め溝口が言葉を返した。 「こ、恋人というのは……溝口さんには将来を約束された方がいらっしゃるのですか?」   溝口が一座から離れるだけでも寂しいのに、彼に将来を約束した相手がいるとは思いもしなかった。華子は溝口のそばにいながら、彼のことを何も知らなかったのだ。  溝口が望むこと、溝口の恋人、溝口の将来……ずっとこのまま一座にいると思っていたから。当たり前のようにそばにいるはずの人だったから。だから、何も聞かずとも、何も知らずとも、今まで平気で過ごしていた。時が経てば自然と何もかも話し合える仲になれると思っていたから……
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