79人が本棚に入れています
本棚に追加
ところが、その溝口が聡一一座を去り、華子の知らない誰かと共に人生を歩んでいくという。
「み、溝口さんがいなくなったら、私は、私は……」
「清々するって言いたいところでしょうね。お嬢さんにはいつも口うるさくしていたから」
「い、いいえ、別にそんなことは……絶対にそんなことは……」
否定したくても声が震えて言葉が出ない。
「これは俺からの最後の助言です。いいですか、よく聞いてください。お嬢さんはうっかりなんかじゃありません」
「えっ?」
最後に何を言い出すかと思いきや、溝口は華子がうっかり者ではないと切り出した。
「お嬢さんは単なる《あがり症》です。舞台に立つと緊張するから、うっかり失敗してしまうんです。だから、舞台に上がる前には必ず落ち着いて、深呼吸しながらこう唱えれば良いんですよ。絶対に私はできる。大丈夫、大丈夫と……騙されたと思って一回やってみてください。お嬢さんならきっと大丈夫、間違いありません」
初めて聞く溝口の温かな励ましに、華子の胸は締め付けられるようだった。嬉しいけれど、これで最後だと思うと悲しいやら辛いやら。どうしてこんな複雑な感情が絡み合うのか、自分自身にもわからなかった。
「え、ええ。そう唱えてみるわね。今までずっと、あ、ありがとう、溝口さん」
最初のコメントを投稿しよう!