終章

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「そういえば、聡次さんの本名って勝さんは知っているの?」 「それはね……」  勝がこっそり華子に耳打ちした。 「近藤……と、虎二郎?」 「しぃ、華ちゃん。内緒にしてね、約束よ」   なんでも寅年(*慶応二年、一八六六年)に生まれた次男坊だから、虎二郎というそうだ。 「でも、今の聡次さんは虎というより、牙を抜かれた猫のようだわ」 「うふふふ……それも飛び切り可愛い子猫のようでしょう?」 「勝気な一輝に惚れ抜いて、牙を抜かれた虎二郎……環だったら、こんな風に唄うでしょうね」 「まぁ、華ちゃんったら、お上手ね」  本物の恋を知った女はこうも変わるのか。嬉しそうに微笑んだ勝の色っぽい横顔を、華子は一生忘れないだろう。 「……そうだよなぁ。華ちゃんは可愛いけれど、俺はちょっとなぁ……だいたい、楽だからって耶蘇服しか着ないような、無頓着な女なんぞ興味はないよ」 「環、お前もやっぱりそうか? 俺も華ちゃんだけは、どうにもなぁ。なんたって図体は大きいし、女としての色気もないんだから。惚れた、腫れたのって言えねぇなぁ」 「聡吉、環! つべこべ言ってないで、さっさとからくり道具を片付けなさい!」 「おぉ、怖っ! やっぱり華ちゃん相手に、恋なんぞできねぇなぁ」 「こら、環! 一端の口をきかない!」 「ひゃあ、ごめんなさぁい」  生まれた時に余りにも可愛かったため、環は女の子のような名前を付けられたそうだ。本人はもっと威勢の良い男らしい名前が欲しかったと言っているが、舞台上の姿を見る限り華子は案外似合っているのではないかと思っている。
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