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誰にでも優しく、明るく振舞うエミは、言うまでもなく、皆の人気者だった。容姿も可憐で、彼女は完璧だと思っていた時期もあった。でも、陳腐な表現にはなるけれど、やっぱりこの世に完璧なんてものはなく、彼女には大きな欠点、いや、欠陥があった。 エミは記憶障害を持っていた。博識ではないので、一体脳のどこに障害があるのかは分からないが、エミは何かがきっかけで、記憶を失うことがあった。自分の名前とか、俺のこととか、そういったことは忘れたことはないが、ある地点からある地点までの、短い期間の記憶が時々ぱっと消える。 可哀想だなと、俺はエミを憐れんで、いつか治ればいいなと本気で思っていたが、今だけは、この記憶障害に感謝していた。エミは、俺が生贄になったという事実を綺麗に忘れていた。 揺らぐ。 エミが俺のことに気を遣ったら、多分、いや、間違いなく俺は揺らぐ。死にたくないと、生きたいと、そう思ってしまう。いつも笑うエミの悲しい顔は、見たくない。 一週間ほど前だったか、エミが俺が生贄になることを聞いたとき、エミは号泣してくれた。死んじゃいやだと、もっといっしょにいたいと、そう言って泣いてくれた。嬉しかった。ああ、俺にも、泣いてくれる人がいるんだなって、そう思えたから。ま、今のエミにその時の記憶はないけれど。 俺は、一番大切な人に別れを告げずに、死んでいく。
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