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月光を受けた刃が信長に伸びるが間一髪で制止する。
濃姫を押し倒して言う。
「最初からただならぬ殺気でわかっていた。懐に小刀とは。道三のさしがねなのか」
「……おまえになにがわかる」
「なに?」
「……政略の駒として嫁に出されることは運命だと思って諦めていた。形だけの婚儀とわかっていた……だからせめて……せめて普通の嫁として夫にあたたかく迎えられ、夫婦仲睦まじく暮らす姿を想像して……ありもしない夢を見ていた。将来を誓った人に別れを告げ、必死に泣くのをこらえてここまで来た。友を捨て、兄弟たちから離れ、愛した人を諦めて必死にここまで来た。なのにおまえは、その夢をだいなしにしたんだ……。だれにもわかってもらおうなんて、ましてやおまえなんかにわかってもらおうなんて思っていない……。言いたいことは全部言った。手を放せ。もう、夢なんて……見たくはない」
信長にはその言葉がとても重たかった。鶴姫を失った悲しみのほとんどを残したままそう言われ、返す気力も言葉もなかった。
小刀を奪い取り、必死に一言返す。
「ならば、帰してやる。そうしてやることしかできない」
「……本当に……自分勝手で、人の心をどこまでも惨めにする勝手なやつだ……!」
濃姫は泣きだしてしまう。信長はどうしたらいいかわからなかった。ふとんをかけてやると、小刀を持って部屋を出ていった。
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