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春の入口。濃姫が信長のもとへ嫁いでから約2ヶ月。信長は鶴姫を、濃姫は美濃に残してきた愛する人を忘れられずにいた。
しかしふたりは日夜、乗馬や弓や太刀の稽古に励みながら互いの距離を少しずつ縮めていた。
早朝から梅の木に囲まれた庭で弓矢の稽古をしている濃姫に、世話役の男が茶々を入れる。
「そうではありませぬ。腕はしっかりこうやってかまえて」
「始めたばかりなのだ。的にあたるだけほめてくれてもいいだろう? 梅の香りが強くて集中力が途切れるのだ。なんでこんなところに梅の木があるのだ」
「たしかに。信長様も最初は同じように口にされておられました。この美しい景色と香りは誘惑、そして迷いにございます。誘惑に駆られることなく、澄んだ心、迷わない心を得たときこそ、信長様のような弓の名手になることができましょう。信長様は、いまではすべての矢を真ん中に命中させることができるほどでございます」
「わたしの心は澄んでいないと言いたいのか? よくもほざいたな! この!」
と男の首を締める。賑やかな声に誘われて信長と政秀がやってきた。
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