第1章

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 いや、死体を直接見たわけではないらしいが、誰かが呼んだ救急車や警察が来て、その光景を眺めてたって。 「しかし、何であんなとこで死ぬかねぇ。こっちとしては迷惑だぜ。いや、死者に失礼なのかな」 「失礼もあるか。誰だって自分の領域で人が死んだら嫌になるだろう。……領域を、簡単には踏みこえるのがうちの仕事ではあるけどな」  と、やっべ、またAが嫌な話題にふれたかと危ぶんだが。 「……オレもさ、あるんだ。怪談話が」 「へ?」  だが、意外とAはこの話に乗り気だった。てっきり、また憂鬱な愚痴になるかと思って身構えたのだが。 「盗撮ものでさ、ずっとこっちを見てくる女がいるんだよ」  と、Aは語り出す。 「オレは盗撮ものを見てるからさ。こっちが見てることには慣れてるけど……慣れてる、安心しきってるけどさ。あれはきつかった。奴は、明らかにこっちを見てたんだ」  004 「うちの会社はさ、ほら、色々条例というか。お上が目を光らせてるから、ビデオの編集しなきゃいけないときがあるんだよ。モノホンのものとか、消さなきゃいけないのもあるし。大丈夫なのもあるし。ま、色々とな。それの編集を、一人でやらされてさ」 「へー」  俺は焼き鳥を食いながら相づち。砂肝うめー。 「いつ? 昼間?」 「違う。急にやらされたから、一日中。会社に缶詰だよ」 「へー」と、まだ俺は砂肝を食いながら。「夜中までやるのしんどいなー」 「ははっ、違う違う」Aは苦笑いして返した。「一日中缶詰ってさ。終わるまでやれってこと。ようするに、真夜中も寝ずの番でずっと編集だよ」 「……ま、まじか」  砂肝をクチから落としそうになった。何だ、そのブラック企業は。……いや、モノホンの盗撮なんてやってたら、そりゃそうか。ブラック労働ぐらい不思議じゃない。 「真夜中もずっと一人で会社に残ってやってたぜ」 「そ、それだけで怖いな」  うちだと、絶対何か出そうだ。 「で、何か出たのか。会社でさ。こう、昔のAV女優の霊が、とか」 「んー」Aはいやらしく、口角をつり上げて、惜しいなと呟いた。「違う。会社で怪談があったけどさ。でも、それ微妙に違うんだよ、それ」 「は? 何だよ、謎かけのつもりか」  俺がたこわさびを食いながら、首をかしげていると。 「別にそういうつもりじゃないけどさ」  と、Aは焼き鳥のレバーを食いながら返答した。 「……ビデオの中にいたんだよ。ビデオ」
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